中国・大連にあるソフトウェア産業基地「大連軟件園(DLSP、大連ソフトウェアパーク)」の日本向けビジネスが拡大一途だ。以前は、世界のITベンダーから受託したアプリケーション開発が主流だった。現在は、日系企業のデータエントリーなど「BPO(ビジネス・プロセス・アウトソーシング)」が40%を占めるまでに様変わり。今や「世界のBPOセンター」と化している。日本メーカーに目を転じると、日本国内でなく、大連市内にある大連理工、大連工業の両大学と共同技術研究する例が増えている。

大連市内にある大連理工大学本館

大連から旅順に向かう途中の海岸沿いに建設予定の第2期工事の完成予想イラスト
BPOが全体の40%
中国内には現在、「ソフトウェアパーク」が北京や上海、広州など11か所にある。大連を除く産業基地は、ほとんどが政府系列会社による運営だ。1998年6月に設立した大連ソフトパーク(DLSP)だけは、民営企業の「億達集団」が全体の事業を仕切っている。総敷地面積は、開設当初の3km2から110km2に急拡大。現在、大連中心部から旅順へ「2期工事」と「3期工事」(合計20km2)が同時進行で進み、今後5年間で完成予定だ。車で走ってみると、旅順手前まで続く道路沿いには、工事計画を告げる看板を掲げた「工区」が幾重にも連なっている光景を見ることができる。
DLSPの入居企業は、グローバルに展開するITメーカーやベンダーなど約420社にのぼり、このうち中国からみた外資系企業が110社を占める。グローバル展開する企業や日系企業、現地ベンダーが手がける案件は、85%が日本向け輸出だ。
主な業務は、コンピュータ技術に基づくIT開発アウトソーシング(ITO)とBPOに大別される。05年頃までは財務、人事、会計などアプリケーション開発の受託が大半を占めていた。ところが、DLSPが06年に政府から「中国サービス・アウトソーシング基地および模範パーク」に認定されてからBPOが主力になりつつあり、同年から力を入れた「組み込みソフト」開発の受注も増える一方だ。DLSPの田新・ビジネスソリューション部経理は、「DLSPの向かう先は日本。日本語人材が諸外国語で最も多く、人気も高い。民営企業なので、日系企業と直接対話し、あらゆる人材供給に応えている」と、実情を説明。03年からは「人材戦略説明会」を断続的に開催し、最も需要が伸びている日系企業に対してとくに手厚くしていると、流暢な日本語でアピールする。

DSLPの田新・ビジネスソリューション部経理(左)と広報担当者
DLSP内の展示室では、日系の大手カタログ通販会社がデータエントリー業務をDLSPに移管し、1時間当りの1人当り人件費(諸経費)を5500円から750円へ86.4%減らした象徴的なビデオを見た。世界同時不況の影響で、日本企業はこうした間接コストの削減を急いでいる。日本語に堪能な人材が溢れるほどいるDLSPに委託し、コスト削減を目する企業は引きも切らない。「世界同時不況の影響はほとんど受けなかった」(田経理)そうだ。
理工大学とOKIデータで共同研究
DLSPにある中国ITベンダーは、いち早く国際標準と評価などの普及を開始した。多くは最上級の「CMM(能力成熟度モデル)5」レベルの評価を得るベンダーばかりだ。こうしたベンダーへの人材供給源が、大連市内に設立された大連理工、大連工業、大連交通などの大学群。このうち“老舗”の大連理工大学の電子与信息工程学院(日本でいう工学部電子工学科)の解永平・副院長は「優秀な人材は、賃金の高い北京などで就職するが、多くは大連市内の企業に向かう」と語る。毎年の卒業者は約5000人で就職率が93%程度。このうち1割がIT関連で仕事をする。

OKIデータとプリンタ技術で大連理工大学内に開設した共同研究室前で(解永平・副院長(左)と学生の張福男氏)
日本企業の就職先としては、DLSP内にあるOKIデータやパナソニック、オムロン、コニカミノルタ、アルパインなど。どの企業も積極的に採用しているという。解副院長の研究室には、今年7月下旬、OKIデータとの共同研究室が設立された。「オントロジー工学」と呼ぶ人口知能の技術を使い、Wi-Fi環境で近くのプリンタ位置を推定するのプリンタ自動接続システム「APC(Automatic Printer Connector)」を研究中だ。同研究室の学生である張福男氏は「近い場所にあるプリンタを探す技術を汎用化するのは大変。しかし、3年間で完成させたい」と、十数人の学生のPM(プロジェクト・マネージャー)の立場から意欲をみせている。解院長は「民間企業と共同研究すると、基礎研究でなく応用研究になり、学生が日々進歩してくことが分かる」と、日本企業とのアライアンスを、この先も積極的に進める考えだ。
日本国内のソフト業界は、工学大学を出た人材の供給力が弱く、慢性的な人材難に陥っている。また、世界に比べて企業数に対するベンダーの数が多いといわれる。地方のベンダーを中心に、ソフト開発の「下請け」やDLSPが言うデータエントリーなどのBPOで収益を上げている。日本から飛行機で3時間弱の大連。日本語を操る技術者が豊富にいて、人材供給力に勝るDLSPなど中国に業務が移行すれば、下請けに甘んじる国内の中小ベンダーは淘汰へと向かう可能性は否定できない。