OSS時代の権利のあり方示す

一元的に管理・追跡

　早稲田大学社会科学部の土方正男教授が2004年度から取り組んでいた知的財産追跡システムにめどをつけた。現行の知的財産権関連法制度は権利保護に軸足を置き、自由な複製や編集加工を禁止している。一方、ソースコードを公開して自由な利用と流通を認めるオープンソースの考え方が世界的に大きなうねりを形成、両者が激しくぶつかりあっている。権利保護か自由な流通か──土方研究室の成果はその折り合いをつける有力な“解”となりそうだ。（佃均（ジャーナリスト）●取材／文）

■「復号キー」が知財管理のカギ

　土方教授は早大オープンソースソフトウェア研究所長として、OSSをベースに同大学の履修管理システム構築を指揮した実績がある。OSSを調査研究するなかで、権利保護に軸足を置く旧来の知的財産権との調和が必要と考え、04年から「二次利用を促進するコンテンツ管理システムの研究開発」に取り組んできた。

　ソフトウェアやデジタルコンテンツは、登録すると同時に暗号化される。暗号化されたコンテンツは、閲覧はできるが、ダウンロードして手元の記録装置に格納するには暗号を解く復号キーを入手しなければならない。復号キーで格納したコンテンツを個人利用の範囲で編集加工するのは自由だが、それをデータで他者に配布しようとすると自動的に暗号化され、復号キーを入手しないと利用できない。復号キーは乱数表でそのつど発行されるので、前のキーは使えなくなる──。

　このシステムを早稲田大学の研究開発プロジェクトとして総務省に提案したところ、「戦略的情報通信研究開発推進制度（SCOPE）」に採択され、あわせて国際特許を申請した。個々の技術に特別な新規性はないが、暗号技術と復号キーを組み合わせた知財管理の仕組みが特許の対象となっている。

　土方教授は、「この仕組みが実用化されれば、街角ミュージシャンの楽曲や趣味で描いた絵が新しい経済価値を生み出すかもしれない」と展望を語る。IT業界に適用されれば、ソフト技術者が作ったプログラム・モジュールに正当な価格が付けられ、改良した人の権利も認められて適正な対価が支払われる仕組みになる。

　「商業的な仕組みのなかで売れるか売れないか、儲かるか儲からないか、だけで判断されていたコンテンツの価値評価を、草の根的なコミュニティに委ねようというわけです」

■純粋デモクラシーに可能性

　「著作権は尊重しなければならない。しかし権利を主張すると、流通を阻害することになってしまう。権利を守りながら、より多くの人々に利用してもらう方法はないだろうか」と土方教授は考えた。

　1万円も出せばスキャナが手に入り、パソコンにはお絵かきツールや画像編集ツールのお試し版がバンドルされている。パソコンとインターネットが普及したことで、誰でもデジタル・コンテンツを作れるし、自分のホームページにアップすることができる。

　誰かが作ったコンテンツをインターネットでダウンロードして複製し、色を変えたりイメージを追加して、今度は自分の作品としてホームページにアップすることも簡単にできる。

　インターネットで手に入る情報やコンテンツは無料という認識が強いので、著作権はないのも同然の状態になっている。また、インターネットで入手した情報をコピペ（コピー＆ペースト）しても、出所を明示することがない。コピペした情報そのものが出所も著作権も不明というケースが少なくないからだ。慶応大学の湘南藤沢キャンパスでは、学生が提出した論文にインターネットのコピペが確認された場合、全履修単位を没収するという規定があるという。バザール（青空市場）型で多くの利用者が情報を追記するサイトでも、著作権が守られていないことがある。

　「だからといって、インターネットはけしからん、と言ってはいけない。個人が思うこと、考えることを自由に発信できるわけで、ある意味では純粋デモクラシーを実現する可能性を秘めている」

　というのが土方教授の考えだ。

■価値決定の権利構造を変える

　誰かが最初に作った絵や写真に、他の誰かが詩をつけ、また別の誰かが曲をつけたとする。すると、それは新しいコンテンツとして、それまでと別の価値を持つことになる。著作権を主張するばかりでは、そういう新しい価値が生まれない。

　「複製と編集加工を認め、複製されるたびに、あるいは編集加工されるたびに原著作者にきちんと使用料が入る仕組みを作ればいい」

　原著作者は自分が作ったコンテンツの価値の決定を、仲介者（レコード会社のディレクターや絵画商など）に委ねず、自分で決めることができる仕組みを作ればいい。土方研究室がたどり着いたのは「二次著作物、三次著作物にも著作権を認めればいい」ということだった。

　「個々の暗号システムや課金システムの類似性、コンテンツの新規性の判断は対象外。このシステムの本質は、コンテンツの二次利用を含めて著作権全体を一元的に、誰にでも分かるオープンなかたちで管理・追跡する仕組みを作ることにある」と土方教授。

　デジタルコンテンツ協会（DCAj）によると、05年度の国内デジタルコンテンツ市場規模は2兆5275億円。年率10％以上で続伸している。またアナログ系（新聞、雑誌など）を含むコンテンツ市場規模は10兆円を超える。このうち二次利用の割合は約2割を占め、ますます増加することが予測されている。

　要因として、テレビの多チャンネル化によるマルチユース、インターネット・携帯電話を通じた新たな流通チャネルでのワンソース・マルチユースの拡大などが指摘されている。

　従来、デジタルコンテンツやコンピュータプログラムに関しては、その著作権を保護しようという意見と、その流通を促進しようという意見が二律背反的に論じられ、インターネットにおけるコンテンツの流通を著しく阻害してきた。

　「社会インフラとして、原著作物のコンテンツ利用と、その二次利用とを一元的に管理し、原著作者には著作権の対価と二次利用料が、二次利用者には二次著作権の対価が、それぞれに支払われるような仕組みが必要だ」

　土方研究室は今年4月以後、官学産共同プロジェクトとして実用化フェーズに移行したい意向である。