普及が進まない学校の教科向け教育ソフトウェアを安価に流通させることを目的に、文部科学省は2004年度予算で、「ネットワーク配信コンテンツ活用推進事業」を開始する。東京都の三鷹市教育センターに拠点施設を構え、「事業実施地域」と呼ばれる27地区を選び、試験的に「ネットワーク型」の教育コンテンツを配信する。これまで、教育ソフト業界の活性化に消極的だった文科省が打ち出した「最終的な手段」ともいわれ、学校関係者や教育ソフト業界は成り行きを注視している。(谷畑良胤●取材/文)
普及の遅れで、流通網を築く
■ネットワークで配信、事業実施地域で活用事例収集 ようやく文科省が重い腰を上げたが、どこまで本気か──。これまで文部科学省は、学校向け教育ソフトの普及について、「特定の業界を国が支援すべきでない」(初等中等教育局幹部)として、頑なに消極的な姿勢を貫き、「教育ソフトの普及は業界の自助努力で」と、繰り返し主張してきた。そのため、今回の新規プロジェクトで教育ソフト業界は、期待を見せつつも半信半疑の面持ちだ。
文科省は、04-06年度にネットワーク上で民間の教育コンテンツを購入・利用できるシステムを整備する。この3か年で、公募で手を挙げた都道府県、市町村の教育委員会単位で27地区を「事業実施地域」に指定。ネットワーク型の教育コンテンツを配信できる環境を約600の学校に試験的に整備し、活用事例を収集する。事業の委託先で準備を進める日本教育工学振興会(JAPET)によると、今年9月の本格実施までに教育ソフト会社10社以上の約600本が準備できそうだという。
これまで、政府の「e-Japan戦略」にもとづき、文科省はパソコンやプロジェクタ、インターネットなど、学校IT機器のインフラ整備には積極的に補助金を出してきた。その結果、04年3月までに、1人が1台のパソコンを扱える「パソコン教室」とインターネット接続がほぼ100%整備された。しかし、ハードはあっても学習するソフトがないというおかしな状況が続いている。今回の新規事業は、この打開策として業界だけでなく学校側の期待も大きい。
ネットワーク配信コンテンツ活用推進事業の今年度予算額は5億円。このほとんどが、教育コンテンツ配信の拠点施設となる三鷹市教育センターへの設備投資や、事業実施地域ごとに新たに設置する地域ネットワークセンターのサーバーやネットワーク関連機器の整備費に充当される。概算要求段階では、事業実施地域の学校が使う教育コンテンツの購入費として、1校あたり25万円の“ひも付き予算”が計上されていた。ところが「地方分権を進めようとする国の流れに反する」と、財務省がゼロ査定。今年度予算に盛り込まれなかった経緯がある。
JAPETで今回の事業を担当する森田和夫・事務局次長・研究部長は、1校あたり25万円の設備購入予算を財務省は認めなかったものの、「文科省が、事業実施地域の自治体に対し、地方交付税で措置されている教育ソフト費を推進事業で必ず使うように、と異例の条件を付けた」と、ネットワーク配信コンテンツ活用事業に異例の入れ込みを見せていることに驚いている。
一方、配信するコンテンツは、ダウンロード型ではなくネットワーク型で、と条件を付けた。このため、このネットワーク環境でコンテンツを配信するには、市販されている大半の教育ソフトをネットワーク型に変更する必要が出てくる。「作業は教育ソフト会社にお願いするしかない」(森田事務局次長)と、業界のいち早い対応に期待を寄せる。
教育ソフト会社中堅のラティオインターナショナルは、「これでは、HTML形式のコンテンツしか配信できないのではないか」(小林次郎・コンテンツ事業部営業企画室室長)と、疑問を投げかける。参加を見合わせている教育ソフト会社は意外に多い。
■文科省の役割はインフラ整備、3年後は学校などが自ら運営へ ネットワーク配信コンテンツ活用事業で三鷹市の配信センターと地域ネットワークセンター、学校間のネットワークは、基本的に10Mbpsの回線で、VPN(仮想私設網)の教育専用イントラネットを構成する。このため、配信される教育コンテンツは、学校だけでなくインターネット経由で家庭での予習・復習にも活用できる。コンテンツの利用額は、児童生徒数(ユーザー数)に限らず1校あたりの料金を設定し、当面、半年間利用できる仕組みとする。このイントラ環境を各自治体の教育委員会が整備すれば、事業実施地域でなくても、三鷹市の配信センターに直接アクセスして教育コンテンツを活用することもできる。
政府調達では、市販の教育ソフトは年度ごとの当初予算で一括購入される。だが、コンテンツをネットワークで配信する方式ならば、学習内容の変化に対応して、必要なソフトを適宜購入できるようになる。森田事務局次長は、「通常、教育ソフトの寿命は5年といわれているが、場合によっては古くなっても使われ続ける。そのため、ソフトが学校教育分野でうまく流通しなかった。ネットワーク配信ならば、安価で、しかも迅速に購入できる」と、有用性をアピールしている。
昨年度、文科省の消極的な姿勢に業を煮やした総務省が、独自に教育ソフト業界の活性化策として「エデュマート構想」という教育コンテンツ配信の実証実験を実施した。内田洋行とNTTエデュケーショナルイニシアチブの2社が、従量課金制のプラットフォームを構築したが、構想で使用される電子決裁の方法が自治体の予算執行方法に合わず、構想自体は失敗に終わった。今度は“本家”の文科省が乗り出してきたわけだ。
JAPETによると、国内の教育ソフト会社は200社以上。その大半は、市販ソフトが売れないことで業績が伸び悩み、経営的に極めて厳しい状況にある。ネットワーク配信コンテンツ活用推進事業で、このうち何社が自前で既存のソフトをネットワーク型に変更し、参加できるかはわからない。文科省は、「3年後以降は事業を継続しない。その後は、(整備したインフラを使って)学校や教育ソフト業界が自ら運用していくことになる」(文科省幹部)と、文科省の役目は今回のインフラ整備にとどまると語る。学校に教育コンテンツを多く流通できる仕組みができれば、教育ソフト業界にも道が開け、復活の足がかりをつかむことができる。
 | 同事業の立案に関わった 三鷹市教育センターの大島克己所長の話 | | | ――今回の事業を文部科学省が実施する意義は。 大島 教育コンテンツを安価に大量に配信するのが狙い。(英国のように)国が全国の学校に配信する仕組みを、日本の担当省庁も考えてこなかったこと自体に問題があった。 ――コンテンツ購入予算がゼロ査定だった。 大島 残念だ。だが、地方交付税に教育ソフトを措置する制度がある。多くの自治体では、この予算が使われていないだけ。この事業で購入の仕組みができれば、自治体の対応を変えることができる。 |  | ――大島所長はかねてから、「今度の事業が失敗すれば、学校向け教育コンテンツの流通網は二度と作れない」をいっているが。 大島 失敗すれば、学校は高価なパッケージソフトを買い続けるしかない。安価なネットワーク型でなければ、学校で教育コンテンツは使えない。このままでは、教育ソフト業界は育たず、廃業する会社が相次ぐことになる。 ――総務省の「エデュマート構想」が失敗した理由をどう分析しているか。 大島 厳密に言えば、失敗ではなく早すぎたのだと思う。学校や自治体が電子決裁型のプラットフォームに対応できる体制になっていなかっただけだ。 | |