大河原克行のニュースの原点

<大河原克行のニュースの原点>68.NECの「元気な米沢!」活動が意味するもの

2007/10/08 18:44

週刊BCN 2007年10月08日vol.1206掲載

 NECパーソナルプロダクツが、「元気な米沢!」活動を開始した。

 山形県米沢市にある同社米沢事業場は、PCの生産拠点であると同時に設計開発、そして多くの技術が蓄積されている拠点でもある。

 「元気な米沢!」は、その拠点に籍を置くPC技術者たちが取り組む商品力向上活動のことだ。

■技術者の思いを形に

 NECパーソナルプロダクツPC事業本部開発生産事業部の松原清隆事業部長は、「パソコンのコモディティ化や標準化が進むなか、自らの技術により、商品の独自性や付加価値をもっと高めたい、という技術者の強い思いを形にするため、自由な発想を尊重し、こだわりや思い入れを担当商品に注ぎ込んでいくことを狙った活動」と、この取り組みの意義を説明する。

 すでに実績はある。ノートPCの天板に傷がついても自動的に傷を修復する塗装を実現したスクラッチリペア技術や、PC本体に赤外線を当てて内部の異音を検出する異音検査システム、レーザーで天板部分に刻印するレーザーマーキング加工、そしてバイオプラスチックや超小型ACアダプター、磁性体塗料を活用した3Dデザインの実現といった成果があがっている。

 米沢事業場は、1944年に東北金属工業の米沢製造所としてスタート。51年には米沢製作所として独立した。その後、83年に米沢日本電気としてNECの傘下に入った。パソコンの開発、生産は84年から開始しており、NEC初のラップトップPC「PC-8401A」を開発したのも、同事業場のエンジニアたちだった。

 PCの生産開始にあわせて技術者不足を補うために、「米沢中の変わり者を集めよ」との指令のもと、多くの技術者を集結させた経緯も、同事業場の特色を表す逸話のひとつだ。

 それを裏づけるように、パーソナルソリューション事業を率いるNECの大武章人取締役執行役員専務は、「米沢事業場のエンジニアたちは、NEC全体のなかでも特殊な性質を持っている」と語る。その特性を、「こだわり抜く。しかも、しぶとい」と表現する。

■成長エンジンとしての役割

 今年7月の社長会見で、矢野薫社長は、「NECの悪いところは、粘っこく、とことんやり抜く姿勢が足りないこと。また、立てる計画が甘く、実行段階ではしぶとさが足りない」と言い切った。大武専務の言葉によると、こうしたNECの悪い企業文化を持たないのが、米沢事業場の強みといえる。

 今年6月にパーソナルソリューション事業の担当に就任して以降、大武専務は米沢を訪れた。「米沢にいろいろな技術が蓄積されていることがわかった。あとは、これを出すタイミングをどうするか、商品化につなげるためにはどうするかに尽きる」と語る。

 ここ数年、NECのPC事業は、収益を優先する傾向が強かった。つまり、野球でいえば、守りの番だった。だが、黒字転換とともに、体質強化が一応の成果をあげたことで、今後は成長戦略に打って出るのは明らかだ。その時の成長エンジンが「元気な米沢!」活動になる。果たして、どんな攻撃に打って出るのか。米沢からの強力打者の登場が注目される。
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