BOOK REVIEW

<BOOK REVIEW>『喫茶おじさん』

2023/12/08 09:00

週刊BCN 2023年12月04日vol.1994掲載

自分と向き合う「一人飯」

 いつごろからか、「食」を物語の軸に据えた小説や漫画、ドラマが増え、一つのジャンルとして定着したように思う。グルメエッセイやうんちくを語るような作品は過去にも数多くあったが、現代は食そのものをテーマにするのではなく、食を通じた「対話」を描いた作品が多い。それは他者との対話だけでない。いわゆる「一人飯」であったとしても、自己と対話する姿が描かれるのである。

 本書もまた、人生に逡巡する中年男・純一郎がさまざまな喫茶店のコーヒーや看板の味を1人で楽しみながら、自己を見つめ直す物語だ。

 「あなたは何もわかっていない」。純一郎はいろいろな人物から同じ言葉を投げかけられるのだが、自身が「何をわかっていないのか」がわからない。喫茶店で時間を過ごしながら、他者からの言葉を反すうし、「わかっていない」ものの正体を見つけていく。

 SNSやコミュニケーションツールの発展により、現代は他者と関わる時間が格段に増えた。とはいえ、いや、だからこそ、自身と向き合う時間も大切だろう。一人飯はその手段の一つになるはずだ。「ぼっち飯」とやゆされようが、1人で静かに、そして自由に食べながら思索にふける時間は、きっと人生に新鮮な風を吹き込んでくれる。(無)
 


『喫茶おじさん』
原田ひ香 著
小学館 刊 1650円(税込)
  • 1