BOOK REVIEW

<BOOK REVIEW>『舟を編む』

2012/05/17 15:27

週刊BCN 2012年05月14日vol.1431掲載

 「辞書は、言葉の海を渡る舟だ」
 魂の根幹を吐露する思いで、荒木は告げた。
 「海を渡るにふさわしい舟を編む」
 松本先生が静かに言った。

 ──そう、今週取り上げるのは、辞書編纂の過程をテーマとする小説である。主人公は馬締光也。「まじめ」という名字をそのまま体現するような、物事はなんでもきちんとしておかなければ気が済まないという律儀な性格の人物である。これが災いして、勤務先の出版社で最初に配属された営業部では浮いた存在だった。そのまじめくんを辞書編集部に引っ張ったのは、定年間近の荒木公平。辞書ひと筋に歩んできた自分の後継者に据えようと考えたのだった。辞書編集部には、若手のお調子者っぽい西岡クンと、どっしりと構えて的確に仕事をこなすベテラン女史の佐々木さんがいる。そして、松本先生は、新しく編纂する国語辞典『大渡海』の監修者である。

 辞書をつくるというのは、どこか開発者の仕事と似ている。完成の日を夢見て、こつこつと地道な作業を積み重ねる。小説では、『大渡海』が日の目を見るまでに15年の歳月を要している。この間に関わった人たちは年を取り、人事異動も行われた。さらには、会社の上層部の判断で、発行中止の危機的状況に陥ったりもした。一種の狂気が漂う世界で、まじめくんは一心不乱に仕事に打ち込む。そして、ついに──。

 結末は、読んでのお楽しみにしておこう。辞書に愛着を覚えさせる本である。(仁多)


『舟を編む』
三浦しをん 著 光文社 刊(1500円+税)
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