旅の蜃気楼
アラブの紛争地域を往く(下)
2009/02/16 15:38
週刊BCN 2009年02月16日vol.1272掲載
▼ビリン村から延びる道の先に、イスラエル軍が築いたフェンスがある。パレスチナ人のデモ隊は、そのフェンスに向かって叫び声をあげる。その返事の代わりにフェンスの向こう側から飛んでくるのは催涙弾だ。そのうちの一つが、僕のすぐ近くに落下した。「やばいっ!」。あっという間に、涙がドバドバっと流れ出てくる。喉から肺が飛び出すのではないかと思えるほど、激しく咳き込む。「そうだ、玉ねぎを齧れば楽になるって聞いたぞ」。ポケットを探った。「ない!?」。
▼このデモを見学するにあたって、日本人9人のメンバーを前にして、催涙弾に備えて、厚めの布、口をすすぐ水、応急処置用に玉ねぎを忘れるなと注意していたのに、何てざまだ。こうなったら、煙のこない場所に一刻も早くたどりついて発作が治まるのを待つしかない。幸い、日本人グループはいち早く安全な場所に避難しており、全員無事のようだ。ほっと胸を撫でおろしていると、後ろから僕のジーパンをちょんちょんと引っ張る者がいる。振り向くと、小学生くらいの子供が「10シュケル(シュケルは通貨の単位)」と言いながら、ブレスレットを見せる。こいつ、こんなところで商売か。さすがに、あいた口が塞がらなかった。「わんぱくでもいい、たくましく育ってほしい」──ハムメーカーのかつてのCMが頭の中をぐるぐる回った。
▼帰国後、パレスチナ問題に関してのシンポジウムの一つを見に行った。そこで印象に残った言葉がある。
「頭を冷やして、心を温めよう」
正直なところ、パレスチナ問題は複雑で、どちらが悪いのか、誰が悪いのかは分からない。だが、たくさんの子供が死んでいるのは事実だ。遠い国のことを自分のことのように考えるのが、「頭を冷やして、心を温める」の意味なのかなと思う。(BCNシステム企画グループ 吉野理)
▽玉ねぎも催涙ガスも、同じ涙の元だ。同じ涙でも、子供が死ぬと深い涙が出る。(BCN社長 奥田喜久男)
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