旅の蜃気楼
我が心の中の「百名山」
2007/07/02 15:38
週刊BCN 2007年07月02日vol.1193掲載
▼至仏山を左に見て、下りぎみに川筋に沿って尾瀬ヶ原に入る。山ノ鼻から至仏山を背にして東に向かう。苦手な木道を「ポコポコ」とひたすら歩く。足が靴底にすれて痛くなる。いやだいやだ、と思いながら遠くに目をやる。2356メートルの燧ヶ岳(柴安嵓)が見える。振り向くと、なだらかな背の至仏山。仰ぐと空が360度広がる。深呼吸をする。空気がうまい。いうことなし。山に囲まれた手ごろな空間、それが尾瀬ヶ原だ。燧ヶ岳の頂上では若いカップルが目の前に座った。なかなか絵になる。こちらは同世代のおじさんとコーヒーを沸かして飲んだ。これもまたよし。
▼翌日は燧ヶ岳を背に右に巻き、三条の滝(必見)を見て、燧裏林道から御池に出た。このルートはすばらしい。アップダウンもさほどない5時間ほどの山道だ。ここに“湿原”を感じた。水芭蕉が水の流れに沿って列を成して咲いている。ここには、幸福が漂っている。かつて同じ気配を感じたことがある。1997年7月18日、北海道の大雪山に入った。テント泊を重ねて20日の早朝、ヒサゴ沼避難小屋を出た。お目当てのトムラウシ山に向かう途中、日本庭園に差し掛かった。突然、足が止まる。前方の岩に目が釘付けになった。敬愛した開発者・ヴァル研究所の故島村隆雄さんの気配をその岩に感じたからだ。「こんなところにおられたのですか」。心が温まり、頬に涙が伝った。その年の6月15日にお別れをしたばかりだった。1998年8月14日早朝、山形県は月山頂上の小屋を出て肘折温泉に下山した。9時間の長いコースだ。途中、避難小屋のある念仏ヶ原を通過したときだ。「すばらしい」。思わず声が出た。ここでも幸福を感じた。今週末も東武線に乗って、燧ヶ岳に向かってみる。(BCN社長・奥田喜久男)
- 1