旅の蜃気楼

「こちら側」と「あちら側」

2006/04/03 15:38

週刊BCN 2006年04月03日vol.1132掲載

【本郷発】このところ、「こちら側」と「あちら側」の会話をよく耳にする。お彼岸のせいかしら。もしかすると、著者の梅田望夫さんと筑摩書房の福田恭子さんは『ウェブ進化論』の上梓をこの時期に合わせたのかな。そうだとしたら、とても愉快だ。湯島に『岩手屋』という居酒屋がある。ここは陸前高田の『酔仙』を飲ませる。大吟醸がいい。“奥様公認酒場”と書いた赤い提灯がぶら下がっている。この看板を最初に見たとき、「なんて無粋な店なんだろう」と思った。その存在を遠くに感じながら、一杯やるから、旨さも一段と引き立つものを、それを思い出させて何んとする。

▼ところが常連たちが足しげく通う。飲む量は半端じゃない。会話にいたっては、驚きの連続で怪物のたまり場だ。「しげるさんの顔、このところ見ないね」。「いやー、あちら側へいっちゃいましてね」。「そう、いい人だったね」となる。しげるさんは店の主の相棒で何年か前に“あちら側”に旅立った人だ。そうなんだが、2日もこの店に行かないと、「あの人、最近、顔見ないねー」。「いい人だったねー」。「そう、あちら側なの」。「ふ~ん」と真顔な会話。あれっと思ったときには、常連になっていて、「あの人、そう、あちら側なの。いい人だったね」。そして「ぐびっ…」といく。これでは怪物のたまり場になるのも無理はない。

▼怪物たちの言うあちら側とは“彼岸”である。誰も知らない世界だ。インターネットの世界を、これまでデジタルとか、サイバーとか、いっていたが、“あちら側”とはうまく定義したものだ。この場合の“あちら側”は“こちら側”のコンテンツと道具で世界ができている。『アサヒカメラ』は4月号で創刊80周年を迎えた。この本は1926年から時代のコンテンツを刻んでいる。と同時に、不思議なことだが、コンテンツを刻んだ道具も同居している。一方、休刊した『ASAHIパソコン』は道具の記事はあるが時代のコンテンツがなかった。ことしの木村伊兵衛写真賞は鷹野隆大さんが受賞した。男性のヌード写真家だ。明日の時代が刻まれている。80年後の『アサヒカメラ』で、時のコンテンツと道具を見てみたいものだ。(BCN社長・奥田喜久男)
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